2016年3月17日木曜日

NEXT 未来のために:「科学者65歳研究室を出る」 広島原爆 残された謎を追って (2016.3.17)


番組ナレーション(文字書き起こし)
この春大学を退職する一人の科学者がいます。
ひたすら数字の解析を続けてきた統計学者です。
71年前広島に投下された原子爆弾。
多くの人々が下痢や脱毛といった急性症状に襲われ後にガンや白血病を発症しました。
大瀧さんは国や広島県市が集めた28万人の健康調査票のデータベースを作り30年にわたって更新し続けています。
圧倒的な量のデータ解析によって見えない放射線と病気の関係を明らかにし世界の放射線研究に影響を与えてきました。
しかし大瀧さんにはどうしても解けずに来た謎がありました。
原爆が放った放射線を直接浴びていない人々が後から市内に入り下痢や脱毛そしてガンなどの病気を発症したのです。

「これ、今までちゃんと説明できていなかったんです。」
「どうしても、納得がいかない。」

研究生活最後の冬。
大瀧さんは初めて大学の外での調査に乗り出します。
データベースにはない事実の発見に最後の望みを託したのです。

そこで、誰のための研究なのか改めて思い知らされます。

「何かあるんだろうな、と。」
「それ(答え)を出さないで、ここの研究所を出るということは、ありえないんじゃないかと。」

研究人生の最後に新たな挑戦を始めた科学者。
執念の調査を追いました。

日本の放射線研究をリードしてきた広島大学。
大瀧慈教授は41年間研究室での時間に全てをささげてきました。
一日中、数字と向き合う日々。
事実を曇りのない目で見るためにあえてデータの解析だけに徹し、放射線と健康被害の関係を明らかにしてきました。

「データが真実を語ってきてくれるというかね。」
「うーん、まあ数字の羅列には違いないんですけど。それなりに意味がここにはありますから。」

その大瀧さんにはどうしても解けない謎がありました。

「入市被爆者の調査票です。」
「8月6日に、こういうルートをたどって入市されてる。」

「急性症状として、下痢があったと。」
「いうふうな所にですね、(下痢のチェック項目に)マークをされています。」

原爆が放った放射線。
直接人々に降り注ぎました。
一方被爆を免れた人たちの中に家族を捜したりけが人を看護したりするため後から市内に入った人たちがいました。
その人たちに急性症状が現れその後もガンや白血病になる人が相次いだのです。

「出てくるはずがない人に急性症状が出てきてるという事ですよね。」
「それは一体どうしてなんだろう、と。」

直接放射線を浴びていない人に健康被害が起きたのは何か別の要因があるのではないか。
大瀧さんたち科学者は空中に漂う放射性物質を吸い込んで起きる内部被ばくを疑います。
しかし、解明は難しいとして研究は進みませんでした。

去年5月、大瀧さんに転機が訪れます。
データベースの中に手がかりがないか新たに解析を行ったところ意外な結果が出たのです。

「本当にフラット(水平)だ...。」
「これはびっくりした。驚きましたねぇ。」

原爆が放った放射線の量は爆心地から離れるに従って低くなります。
そのため放射線を直接浴びた人がガンで亡くなるリスクは距離が離れるに従い減ると考えられてきました。
一方、今回の結果です。
直接放射線を浴びた人がガンで亡くなるリスクは1.2kmを超えると減らない事が分かったのです。

「データ処理か解析に、どっか間違いがあると思ったんですけど何回やってもおんなじ結果が出ましたからね。」
「だからまあこれは間違いじゃないなと。」

何か別の要因がリスクを高止まりさせたのではないか。
大瀧さんが疑ったのはあの内部被ばくでした。

今年1月広島に世界を代表する放射線の専門家が集まりました。
大瀧さんはこの場で自分の仮説を発表しました。

「爆心地から、1.2キロと2キロで被爆した人がガンで亡くなるリスクは変わらない。」
「直接浴びた放射線の量では説明できない。」
「我々科学者は、これを解明しなくてはならない。」

放射線研究者の間では71年前の内部被ばくを証明する事はもはや難しいとされています。

(海外研究者)「では何がリスクを上げたのか、具体的に答えてください。」
(大瀧)「何か放射能を浴びた粒子みたいなものがあったと思います。」
(別の参加者)「もしそれが事実なら新たな測定法が必要になりますよ。」

参加者からは懐疑的な声が相次ぎました。
それでも大瀧さんは諦めきれませんでした。

1か月後。
大瀧さんは初めて研究室の外に飛び出しました。
「よし。」
統計データを解析するだけでは新しい手がかりは得られないと考えたのです。

(大瀧)「失礼します。」
(大谷敬子)「ごめんください。」

当時の市内の状況を知る被爆者を探し話を聞きます。

(大瀧)「最初、ピカっと光ったんですか。それとも急に飛ばされたのか。そのタイミングはどうでしたか」
(女性)「私は光線と同時に飛ばされた気がするんですよ。」
「瞬間、真っ暗になったんです。」
「しばらく経って明るくなって、ぼんやりとね。」
「そしたらみんな真っ黒だったんです。ホコリで。」
(大瀧)「ホコリをかぶってるような状況ですか。」
(女性)「そうです。砂煙がものすごかった。」
「しばらく周りが見えなかったです。」

(別の女性)「ホコリで口の中がザラザラしたのを覚えてますね。」
「当然、、息も吸っていたから鼻から入っていたと思うんです...。」
大量の粉じんが舞っていたという証言は話を聞いた人に共通していました。

「我々が想像していた以上の激しいといいますか、ちょっとひどい土ぼこりが発生していた。」
「それに多くの方々がさらされていたのだな、と...。」
後から市内に入った人たちも粉じんを吸い込んでいたのではないか。
大瀧さんは一つの手がかりを得ました。
当時救助のために後から市内に入った陸軍部隊の存在を知ったのです。

「大瀧と申します。」

元隊員の田島正雄さん88歳です。
原爆投下の日の午後40人の仲間と市内に入りました。
ほとんどが10代でした。

(田島)「建物が倒壊してるところに潜り込んで数名の方を救出してあげました。」
(大谷)「やっぱりホコリとか、そういったものをかぶられた記憶は...。」
(田島)「きれいなもんではなかったですから。ホコリがね、煙になって見えたんですよ。」
「何か粉末を撒き散らしたような感じになって...。」

粉じんにさらされた隊員たち。
数日後から体に異変が現れ始めたといいます。

「下痢しまして、その次に歯茎の出血、髪の毛がぼちぼち、ぼちぼち、少しずつ抜け始めましたですね。」
「一回でぱっとたくさん抜けない。いつの間にやら少しずつ...。」
「こうやるとスッとこうみんなね…私の戦友たちがね…。」

見てもらいたいと田島さんが用意していたものがあります。
戦後ガンや白血病などで亡くなった8人の仲間たちの記録です。

(大谷)「これはそうですね甲状腺ガン。」

「それからこれは腸ガンですね。」

皆、放射線の影響を疑いながら亡くなっていました。

「涙が…。」
「語れませんね残念で。悔しいやらね...。」
「かわいそうだったですね。亡くなっていかれる人なんか見とると。」
「だからね...この語り継ぎの時なんか本当はね、行きたくないんです。」
「あのね、本当にね...涙が出て…。」
「どうして早く死んでいったかね...。」

(大瀧)「失礼します。」
(大谷)「お邪魔します。」
「どうぞお上がり下さい。」

19年前にガンを発症した元隊員は国に原爆症の認定を申請しましたが放射線との因果関係が認められず却下されました。

(男性)「あなたは該当しませんと書いてあった。」
「・・・やっぱりダメかと.......。やっぱり... というような感じですね.....。」

手がかりがないとして諦めていた研究。
その向こうに人知れず苦しむ人がいた事を大瀧さんは初めて知りました。

「自分はこういう研究をしておりながら、何も言えなかった。」
「本当に情けないといか。悔しい。情けない思いでしたね。」
「もっと早くですね、もっと20〜30年早くに、そういう事に取り組まなくてはいけなかったテーマだと思うんですけどね。」
「まあこれから、やらなくちゃいけないという感じやね。」
「やっと始まったという感じやね。」

当時、被爆地にどれくらいの量の粉じんが舞っていたのか。
大瀧さんはある研究者に協力を呼びかけていました。
福島大学(環境放射能研究所の)青山道夫さん。
大気中の放射能汚染を分析してきた専門家です。

(青山)「実際の古民家を解体して…。」

青山さんが注目したのは原爆の爆風で破壊された建物です。
当時、広島市では空襲を免れ多くの建物が残っていました。
原爆で土壁などが一瞬にして放射能を帯びその後の爆風で粉々になって空中に舞ったと考えました。
青山さんは原爆投下前後の市内の航空写真を比較する事で建物が破壊されて出る粉じんの量を計算しました。
その推定の結果です。
市内が無風だった場合1立方メートル当たり1gという高い値の粉じんが上空1,000m、半径2kmの範囲に広がっていました。

(青山)「見た目には、かすんでます。もちろん。」
(大瀧)「証言では夕方になっても見通しが悪かったということです。」
(青山)「それは不思議でもなんでもないです。これだけ(粉塵が)舞えば。」

人々が確実に粉じんにさらされていた状況が分かってきました。

粉じんは人々の体に一体どんな影響を与えたのか。
そのメカニズムを調べ始めた研究者がいます。
4年前広島大学を退職した星(正治)さんは大瀧さんと共に30年にわたって研究を続けてきました。
大瀧さんが退職間際になって新たな調査を始めたのを知り自ら協力を申し出ました。
旧ソ連の核実験場跡地にある研究施設。
星さんが放射線の研究を続けてきた場所です。
今回放射能を帯びた粉じんをネズミに吸い込ませ健康への影響を調べる実験を始めました。
一つ一つの臓器の放射線量を測定したり細胞の傷つき方を調べたりします。
結果が出るまでに少なくとも3年を要する実験。
68歳で挑みます。

(星)「大瀧先生の調査がなかったら始めていなかったかもしれません。」
「難しいっていうのは単なる逃げ口上で言い訳です。」
「だから私は、その難しい…分かってますよ、そんな事はね。」

2月下旬。
大瀧さんの研究室に調査の鍵を握る重要な資料が届いていました。
陸軍部隊の元隊員に送ったアンケート。
64人が回答を寄せてくれたのです。
原爆投下当日の行動や粉じんをかぶったかどうか。
そして体調の変化や病気の有無を聞きました。

(大瀧と大谷)
「ガンにチェックあって…。」
「11の1ですね?、はい。」
「11の1がチェックあり。」
「はい。」
「…で、放射性白内障というのが、11の6にチェックがあります。」

粉じんと健康にはどんな関係があるのか。
統計解析によって浮かび上がらせます。

2週間後、結果が出ました。
それは大瀧さんの想像を超えるものでした。
爆心地から2km以内に入り粉じんを見たという人はそうでない人に比べ下痢やけん怠感などの急性症状を発症するリスクが8.3倍高い事が分かりました。

更に粉じんを浴びたと証言した人はそうでない人に比べガンを発症するリスクが5.3倍に上っていたのです。


(大瀧)「こんなに強い相関関係が得られるとは考えていなかったですね。」
「粉じんを吸引されたような方々がですね、なぜ自分はそういったその苦しみを味わわなくちゃいけなかったのかというそれの原因が初めて証明...、これで証明というとこまでいかないかもしれないけれども。それに近い事が今回分かったんじゃないかなと思いますね。」

2日後。
大瀧さんは陸軍部隊のまとめ役として協力してくれた元隊員を訪ねました。
(大瀧)「ホコリを吸引することが、その後の急性症状とかガンとかの発症リスクを高めているんじゃないかと。」
「ある意味で確かめられた。」
(男性)「ガンが多かったのは、たまげた。全然情報がないから分からないですねぇ...。」
「私もこういうデータ見て初めて分かった。みんなの状況が。」
「何十年、ひどく...すごかったんじゃろうってね。」

事実を知る事ができた。
そう話してくれた元隊員に大瀧さんは言葉をかけました。

「うん…そういった意味では我々もね。できるだけの事はしたいと思ってここまでやってきたんですがね。」
「ちょっと時間がかかってしまって結果的には…申し訳ないんですけどね、本当に...。」

大瀧さんはこの日退職後も調査を続けていく事を約束しました。



(司会)「退職記念講演を開催致します。」
3月3日大瀧さん最終講義です。

「データベースの作成に大体10年ぐらいかかりましてですね。なんとか…。」
「直接被爆はしていない。ピカにはあっていないけれど、急性症状もあるし白内障もある。」
「そのような考え方は市民権を得ているのかと突っ込まれる。」
「市民権を得ていないからこそ、やるべきと思ってます」
「それで何か得られれば研究者冥利につきる」
「そのことが新しく今、救えていない人も救えるようなことにつながるのであれば...。」
「それ以上、望むことはない。」

語ったのは研究室を出る事で思いを新たにした科学者としての信念です。

(拍手)

ひたむきにデータが語る事実と向き合い続けてきた41年。
退職間際に改めて知った事実の重みが科学者を終わりなき闘いへと駆り立てています。


2016/03/17(木) 00:10〜00:40
NHK総合1・神戸
NEXT 未来のために▽科学者65歳研究室を出る 広島原爆 残された謎を追って
原爆投下直後の広島で未だ証明出来ていない被爆のメカニズムに、大学の退職間際になって再び挑み始めた博士がいる。執念の調査で“宿題”に挑む科学者のきょうじを追う。

(番組内容)
3月に大学を退職する研究者が、原爆投下直後の広島で未だに証明出来ていない被爆のメカニズムを明らかにしようと挑戦を始めている。広島大学・原爆放射線医科学研究所の大瀧慈教授(65)。きっかけは、被爆者1万8千人の健康状況を40年にわたって追跡したデータを再び解析し、見過ごせない統計結果を発見したことだった。「葬り去られる事実があってはならない」と続く執念の調査。“宿題”と向き合う科学者のきょうじを追う。

【語り】渡邊佐和子

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