2015年6月8日月曜日


「黒い雨」で複数がんか 広島の被爆者で確認


2008年6月8日 共同通信

広島の爆心地から4・1キロ離れた地点で被爆した女性(92)が、「黒い雨」などの放射性降下物による残留放射線の影響で複数のがんを患ったとみられることが、鎌田七男広島大名誉教授(放射線生物学)らの調査で8日分かった。

長崎市で同日開かれた「原子爆弾後障害研究会」で発表。染色体異常率などから、女性の被ばく線量を爆心地から1・5キロの地点での直接被爆に匹敵すると推定した。

原爆症の認定をめぐり国が敗れた大阪高裁判決は、被ばく線量算定について「放射性降下物や内部被ばくの可能性を考慮すべきだ」と指摘している。

国は4月から、積極認定の範囲を「爆心地から3・5キロ」などと拡大。鎌田名誉教授は「新基準から漏れる被爆者にも、残留放射線が深刻な健康被害を及ぼした可能性が高い」としている。

女性は放射性降下物が多かった広島市古田町(当時)の自宅で出産後まもなく被爆、2週間を過ごした。80歳を過ぎてから肺や胃、大腸にがんを患い手術を受けたほか、骨髄機能の異常もみられるようになった。





平和をたずねて:核の傷痕 医師の診た記録/20 

フォールアウトで広範囲に=広岩近広


毎日新聞 2014年12月23日 大阪朝刊

<フォールアウトによると思われる3重癌(がん)と3つの放射線関連疾患を持つ1症例>

論文の題目が、原爆の脅威を示している。大気中に放出された放射性物質が、風雨などによって地上や海上に降り注いだのがフォールアウト(放射性降下物)である。論文は広島大学名誉教授の鎌田七男さんら6人が長崎医学会雑誌(2008年)に発表した。

症例の女性は被爆時、29歳で爆心地より4・1キロ離れた広島市西区高須で生活していた。次男を出産した3日後に原爆に遭い、「黒い雨」を見たが直接浴びてはいない。産後で動けず、親戚から届けられた食物と畑の野菜を食べたという。2週間後、隣町の自宅に戻り、鶏卵やきのこ類を口にしている。
放射性物質を含んだ「黒い雨」が広島市の己斐、高須地区を中心に降ったことは知られている。自然値より高いガンマ線の残留放射線も測定された。このため女性の放射線障害については、残留放射線による外部被曝(ばく)と放射性降下物を呼吸や飲食などで取り込んだ内部被曝を考慮する必要があった。女性の既往歴を論文から抜粋したい。
<60歳頃、骨そしょう症▽68歳、卵巣のう腫▽82歳5月、右肺癌▽82歳12月、胃癌▽83歳8月、残胃癌▽84歳10月、大腸癌▽86歳、骨髄異形成症候群(汎血球減少症)▽87歳、甲状腺機能低下症>
論文は女性について、こう述べている。
<放射線によって誘発されると考えられている肺癌、胃癌、大腸癌の3つの固形癌(転移性でないことはその組織型、分化程度の違いにより明白である)と前白血病状態である骨髄異形成症候群を経験している>
鎌田さんが彼女の染色体を調べると、1142個の分裂細胞のうち25個に異常がみられた。60歳以上の一般人に出現する異常率は0・4%だが、この女性は2・19%と高かった。だが内部・外部の総被曝線量を正確に推定することは難しく、論文はこう記した。

<放射線関連疾患を主とした身体的影響度を考慮し、被曝線量を総合的に推測すると、本症例ではおおよそ0・3Sv(シーベルト)に相当する内部および外部被曝があったものと考える>(0・1Sv以上の放射線を短期間に浴びると、癌リスクが高まるといわれる)。

そのうえで論文は結論づけた。

<初期放射線に直接被曝した人では線量依存性に多重癌がみられており、フォールアウト地域に居住した本症例は初期放射線被爆者と軌を同じくするものと考えられる>
多重癌は異なる二つ以上の発癌のことで、鎌田さんは説明する。「被爆者は放射線によって、いくつもの遺伝子が傷つけられているので、癌になりやすい素地があります。全身が放射線に被曝していたら、転移ではなく、体のどこに癌が発症してもおかしくない状況にあるのです」
「フォールアウト」による多重癌の症例は、原爆障害が広範囲に及ぶことを証明した。

以下は、上記論文について、鎌田医師ご自身が2014年6月に札幌講演会でお話された部分からの抜粋です。
(鎌田氏)
放射性降下物、いわゆる黒い雨で、明確な、物理的に分かっているのは、草津というところがありまして、だいたい DS 線量でいったら2ラドという少ない数値が想定されております。しかし、私はそれよりも大きな数値を被曝した人も居たのではないかと考えております。
と言いますのは、その草津で被爆されたおばあちゃんがおられまして、3つのがんを発症されたんです。肺がん、胃がん、大腸がんだったんです。
直接被爆でないので多重がんが出てくるのはおかしいじゃないかということで、そのおばあちゃんに会いにいって、 いろいろと話を聞いたところ、草津は4キロですから、爆風はきました。屋根が半分飛んだと話されております。でも直線的な初期放射線はきません
ただ、よく聞いてみると、8月5日に次男坊を出産されて、そこから動けず1か月近くその小屋にいた。 親類人が時折食事を運んでくれたが、自分はまわりの畑のものを食べておったということを話してくださったんですね。
 その方の染色体を調べてみると、0.3シーベルト =300ミリシーベルト近くの数値がでました。いわゆる内部被曝ですね。
1988年、最初の肺がんのときの切片が大学病院の病理に残っておりましたので、それをスライスにして、エマルションにかけたんですね。
内部被ばくで今なお放射化したウランが飛んでいたら、その飛跡を追跡出るだろうということで、1年間ずうっと病理の切片と乳剤を密着したまま置いておりました。放射線が出たら、感光部分として分かるはずですから。
その結果が、つい先頃出たんです。感光部分がありました。だから内部被曝を見ることができたということが分かりました。今後、すでに報告したその論文の続編を考えているところです。いずれにしてもこの例は、フォールアウトに よってがんが3つも出ているということを証明できた事例だと思います。


そして以下が、その続編として発表された論文です。

広島原爆:「黒い雨」体験者の肺にウラン残存


毎日新聞 2015年06月08日

◇広島大と長崎大チーム 「内部被ばく半世紀」裏付け

広島大と長崎大の研究グループは7日、広島原爆の「黒い雨」を体験した女性の肺組織にウランが残存し、現在も放射線を放出していることを示す痕跡を初めて撮影したと明らかにした。女性は原爆投下時29歳で、80代で肺など3臓器に多重がんを発症し、94歳で死亡した。解析したのは1998年に切除し保存されていた肺組織で、グループは「放射性降下物由来の核物質による内部被ばくが半世紀以上続いていたことが裏付けられた」としている。【高橋咲子、加藤小夜】
広島市で7日に開かれた「原子爆弾後障害研究会」で報告した。
報告によると、女性は原爆投下時、爆心地から西約4.1キロで黒い雨が激しく降った広島市高須地区にいた。出産直後で動けず、約2週間、近くの畑で取れた野菜を食べたり、井戸の水を飲んだりして過ごした。82歳で肺がんと胃がんを、84歳で大腸がんを発症。爆心地から比較的離れた場所にいながら、原爆被害の特徴とされる多重がんに罹患(りかん)したことから、内部被ばくの影響が疑われた。
女性の手術の際に切除された肺のがん組織と非がん組織、隣接するリンパ組織が広島大に保存されていることが分かり、同グループが解析を実施。乳剤に浸し、放射線が走る跡(飛跡)を撮影したところ、主に肺がん組織で核物質が放出するアルファ線の飛跡を確認した。飛跡の長さや他の放射性物質の半減期などと比較し、核物質は広島原爆由来のウラン235の可能性が非常に高いとしている。
確認した飛跡の数を基に算出した放射性物質の量は、肺のがん組織が1立方センチ当たり0.0049ベクレル、非がん組織が同0.0004ベクレル。組織を切除した98年までの53年間の推定被ばく線量は、それぞれ1.2シーベルトと0.1シーベルトとなる。
長期間の累積線量が肺のがん化にどう影響したかは比較対象がないため明らかではないが、がん組織と非がん組織では顕著な差があった。リンパ組織からの検出量は、ほぼゼロだった。
内部被ばくに関する研究は緒に就いたばかりだ。研究の中心となった鎌田七男・広島大名誉教授は「科学的・物理的にも証明が難しい内部被ばくの実態を、1人の症例から目に見える形で明らかにできた」としている。



内部被曝でがん発症か 

放射性降下物で食べ物汚染 広島の女性病理標本から痕跡

2015年06月22日 読売新聞
原爆被爆者の医療に関する研究を進める「原子爆弾後障害こうしょうがい研究会」で、広島大の鎌田七男・名誉教授(血液内科学)が、広島の爆心地から約4キロ離れた場所で生活し、複数のがんを発症した女性の病理標本から放射線の痕跡を確認したと発表した。大気に拡散し、空から降ってきた「放射性降下物」で汚染された食べ物などが原因で内部被曝ひばくし、がんを発症した可能性が高いと結論づけた。一方、放射性降下物による内部被曝について、国は「影響は小さい」との見解を変えていない。(米井吾一)

◇黒い点

鎌田さんは長年、原爆医療に携わり、被爆者に多くみられる白血病やがんと放射線の関係、染色体異常などに関する研究に取り組んできた。
女性は当時29歳で、爆心地から4・1キロ西の広島市古田町(当時)の自宅にいた。次男を出産した直後で動けず、約2週間、屋根が半分吹き飛んだ自宅で過ごした。近くで取れた野菜などを食べたり、覆いのない井戸の水を飲んだりしたという。

女性は数年前に亡くなったが、60歳頃から骨粗しょう症の症状が出て、80歳代で肺がんや胃がん、大腸がんを相次いで発症した。

鎌田さんは、女性の存命中、病歴を疑問に思い、2008年に血液を調べたところ放射線被曝を疑わせる染色体異常が見つかった。古田町は、原爆放射線とがんとの関係があるとされる距離(3・5キロ)から外れる一方、国が放射性降下物を含む「黒い雨」が強く降ったとしている高須地区にあった。

女性は、「黒い雨」を直接浴びていなかったが、鎌田さんは、放射性降下物で汚染された野菜や水を摂取したり、空気を吸ったりしたことで内部被曝した可能性があると考えた。女性の同意を得て、広島大病院に保存されていた肺のがん組織などの病理標本を調べた。

放射線に当たると黒くなる性質を持つ乳剤にがん組織を浸し、一定時間たった後に撮影した結果、放射性物質の原子が崩壊する時に飛び出す放射線(アルファ線)の黒い点が線状に確認できたという。
鎌田さんは、1立方センチ当たりの痕跡の数から放射性物質の量を推定し、女性が肺がんを発症するまでの53年間に受けた肺への線量を算出。一緒に調べた同じ肺で、がん化していない組織の線量より約10倍高いことから、「放射線とがんの関係は明らかだ」と説明。放射性物質については、「厳密に確認するにはさらに実験が必要だが、60年以上も体内に残るのは、広島原爆で使われたウラン235しか考えられない」とした。

鎌田さんは「原爆による被害が初期放射線によるものだけではないということを示したかった」と話す。
◇国、見解変えず

今回の発表について、厚生労働省の担当者は「研究者の一つの症例発表で、従来の見解を見直すことは考えていない」としている。

放射性降下物は、広島では爆心地の西側の己斐・高須地区、長崎では東側の西山地区で降下したとの報告がある。このうち、降下量が最も多かったとされる西山地区の住民に対しては、1969~71年、セシウム137の内部被曝線量の調査が行われたが、世界の自然放射線被曝量40年分の1000分の1に当たる0・1ミリ・シーベルト以下だったとされる。

こうした科学知見を基に、国は「放射性降下物による内部被曝の影響は小さい」との見解を示してきた。